古典にゆだねる
臨書をしているとき、どんな気持ちになりますか?
さっきふと思ったことですが、古典に自分をゆだねるといい状況がいいと思います。
挑戦する。とか、獲得する。といった欲は捨てて、
古典の世界に純粋に入り、その世界で起こっていることを、
じっくりと楽しむことができればいいなと思います。
いい作品を書きたい。賞を取りたい。
といった欲があるのかもしれませんが、
その欲がある限り、本当の自分にはたどり着けないと思います。
あくまでも、「僕は」ですけど。。
書道が「道」といわれるのはそういうところにあるはずです。
古典に鍛えられるというのはいいことかもしれません。
古典の中には優しさも厳しさも存在します。
でもその厳しさですら、本当は優しいものなのだと思います。
宋代以後の書作者の個性が表現されている書には、
また別の要素が入ってくるものだと思われますが、
それを厳しさとみるか、やさしさとみるかは、
状況次第だし、人によって異なるのでしょう。
古典より自分のほうがすごいなどと思うことがないようにしたいです。
ちょっと油断すると、そういう気持ちになってしまうのが
人というものかもしれないから。
